“ブランディング ”という言葉が日本でも一般的になり、マーケティング戦略の中でも重視されだしてからすでに何年も経過していますが、自分たちらしさを確立しきれていないブランドもまだまだ多いのではないでしょうか。
“ブランディング ”という言葉が日本でも一般的になり、マーケティング戦略の中でも重視されだしてからすでに何年も経過していますが、自分たちらしさを確立しきれていないブランドもまだまだ多いのではないでしょうか。
東京・湯島の創業100年を超える木村硝子店はもともと一般消費者への小売販売は行わず、問屋やレストラン・バーなどの飲食事業者に向けて商品を卸してきました。
しかし3、4年前から一般消費者の認知度を上げることを目標にブランディングを開始し、ここ数年でじわじわと一般認知度を高めてECや小売店を通した個人の購入が2割に至るまで成長。
今回はそんな老舗硝子店が考える“ブランディング ”についてお話を伺いました。
▲湯島の木村硝子店ショールーム。こだわりのグラスがところ狭しと並ぶ。
木村硝子店は1910年(明治43年)の創業時から、プロが使うテーブルウェアのメーカーとして、自社デザインのグラスを企画・販売してきました。
プロからの信頼は厚く、60年ほど前から販売している極うすグラスは料亭や割烹でビールグラスの定番として長く愛されています。
他にも「ピーボ」「木勝」「ラップ」など、高級レストランやバーなどグラスにこだわる一流のお店から愛されるグラスを数多く取り扱ってきました。
これまでは飲食事業者向けがメインでしたが、最近では自社ECや小売店を通した一般消費者への販売も増え、一般認知度を上げるべくブランディングに力をいれています。
創業100年を超える老舗硝子店のブランディング手法とはどんなものなのでしょうか。
▲一保堂と実施した顧客限定イベントの様子。様々なグラスでお茶を楽しめるイベントに。
ちゃんと意識しだしたのは3〜4年くらい前でしょうか。
それまで雑誌の取材も断っていましたが、ブランディングのためにいくつか掲載していただくようになってから個人のお客様の購入や問い合わせが増えてきたのを感じます。
しかし周りの人たちからはそれよりもっと前からブランディングをやってきたじゃないか、とよく言われますね。
ずっと前から大切にしているのは、魅せる商品と売る商品は分けるということです。
アパレルの世界で考えるとわかりやすいですが、高級ブランドのファッションショーで見る商品はどれも実際の生活では着られないものばかりですよね。
しかしファッションショーがあるからこそブランドの世界観が際立ち、見た人々はそのブランドに憧れる。
そしてその憧れのブランドが出しているTシャツやバッグなど実用的な商品を買うわけです。
誰もファッションショーにでている洋服を買うわけじゃない。
私たちも同じで、実用性ではなくデザインを重視した“魅せる”商品をいくつか作っています。
その商品を見て木村硝子店のグラスに憧れをもっていただいているからこそ、実用性の高い定番商品も「木村硝子店のグラス」と名指しでお買い求めいただいているのだと思います。
グラスに限らずヒット商品やロングセラー商品は後からたくさんのメーカーが模倣しますが、ファッションショーをやらずにTシャツだけ売ってもお客様には響かない。
効率や結果だけを求めて売り筋の商品だけを作るより、遠回りに見えてもブランド価値を高める商品を作ることが結果として販売につながるのではないでしょうか。
一般消費者の方に向けてのブランディングは購入していただくことを目的にせず、木村硝子店を知ってもらうことを重視しています。
最近になって個人のお客様の購入も増え全体の2割を占めるようになってきましたが、やはりメインの顧客はレストランやバーなどの飲食事業者です。
家庭に高級なグラスを揃えることができる人は限られてきますが、
「木村硝子店のグラスを使っているところはセンスがいい」
「木村硝子店のグラスでお酒を飲んでみたい」
とたくさんの方に思っていただき木村硝子店のグラスを扱う飲食店が増えれば、より多くの方に私たちのグラスを体験していただけます。
木村硝子店を知っていただくことが目的なので、一般のお客様向けのイベントを開催する際もグラスの美しさを感じていただける商品を中心に揃えるようにしています。
▲一保堂で開催した一般向けのイベントの様子。
“ファッションショー”としてブランドの世界観を感じてもらうことにこだわった見せ方。
実は私たちにとって一保堂さんとの取り組みが初めての一般向けイベントで、これまでは新作発表会や体験会など顧客を対象にした招待制のイベントしか経験がありませんでした。
その顧客向けイベントに縁あって一保堂さんのお茶をだしていただいたところとても好評だったこともあり、一保堂さんが普段一般のお客様向けに店舗で行われているイベントシリーズの一環として私たちも参加させていただきました。
いらっしゃったのは一保堂さんのお客様がメインだったので新しいお客様に木村硝子店を知っていただけましたし、高級茶と老舗硝子店ということでターゲットも比較的近くよい宣伝になったと思っています。
意外とその場で購入したいというお客様も多く、結果としては期待以上に売れましたね。
しかしあくまで木村硝子店を知っていただくことがメインだったので、売上の結果よりも木村硝子店の世界観や商品を知っていただけたことが収穫だったと思っています。
このイベントに取り組む上で、売上が目的ではなく新しいお客様に知ってもらうことが重要である、という考え方が一保堂さんと似ていたことも実現のポイントだったと思います。
今回の取り組みで、一保堂さんからはブランディングについても多くを学ばせていただきましたね。
最終的な使い手のことを考えて販売するという点ではどちらも違いがないように感じます。
問屋に納品すればメーカーとしては売上がたちますし、問屋がほしいものをほしい分だけ納品することも可能ですが、私たちはあえて売れないものは売れないと伝えるようにしています。
飲食店にとっては、そのグラスを使うことでお客様によりよい体験をしていただきたいわけですよね。
だからこそどんなにいいグラスでもそのお店に合わないグラスはおすすめしませんし、そうすることで目利きとしての信頼していただいていると思っています。
お届けする経路は違っても、最終的に使う方にとっての価値を考えることが重要なのではないでしょうか。
インタビュー時、“ファッションショー”用に制作されたグラスも見せていただきましたが、デザインも模様も繊細で思わずため息がでるほど素敵なものばかり。
パッと見て素敵なグラスなので取り扱いたいという小売店や問屋からの問い合わせも多いそうですが、大きさが中途半端だったり使いづらい形状のものも多いため置いてもお客様の購入にはつながらないと説明するのが大変だとおっしゃっていました。
しかしこの印象があるからこそ「木村硝子店のグラスがほしい」という気持ちにつながるのだなと、実物を拝見して改めて感じました。
効率化が重視されている今、これは売れなくてもいいと割り切って商品を作るのは至難の技ですが、その明確化とワリキリこそが長く続く老舗ブランドの強さといえそうです。
お客様にブランドへの憧れをもっていただくことでよりブランド体験が豊かになる。
これこそがブランディングの真髄と言えるのではないでしょうか。
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