公開日:2017年5月12日
更新日:2023年11月30日

ファッション・ビジネスの未来を創造するために、今必要なこととは? vol.3

日本に初めて「ファッション・ビジネス」という言葉を紹介し、「創造する未来」を出版した尾原蓉子氏の講演書き起こしを、3回に分けてご紹介します。vol.3は、ファッション・ビジネスに従事する8人のパネリストによる、尾原氏への公開質問パートです。

大手アパレル企業とD2Cモデル(Direct to Commerce)のビジネスを手掛けるTO NINE Inc.(代表取締役社長 増田智士)が、「ファッションビジネスの大潮流」と題して開催した、「創造する未来」著者である尾原蓉子氏の講演書き起こしを、3回に分けてご紹介するシリーズのvol.3。

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売上の縮小や大量閉店など、暗いニュースが続くファッション業界は、今後どのように変化していくのでしょうか。

日本にいち早く「ファッション・ビジネス」という言葉を持ち込み、変化の激しいファッション業界をビジネス視点で捉え続けてきた尾原氏が、今後のファッション・ビジネスを考える上で重要なポイントについて解説します。

最終回となるvol.3では、vol.1、vol.2で紹介した尾原氏の講演をもとに、ファッションビジネスに従事する8人のパネリストが、尾原氏に対して行った公開質問をレポートします。

1. 長く生き残る企業はShort、Slim、Speedyの3Sを徹底している

<質問者>SPRING OF FASHION 保坂氏

保坂氏:はじめまして、SPRING OF FASHIONの保坂です。

デザイナーやモデル、フォトグラファーなど、ファッションに特化したクラウドソーシング事業を運営しています。

早速質問なのですが、大手アパレルメーカーの存在と、そこに対して価格競争力では太刀打ちできないデザイナーズブランドがどのように対抗しているかといった、アメリカのファッション市場の状況についてお聞かせください。

尾原氏:結論から言うと、アメリカでもっともファッション・ビジネスが盛んだった60年代に一世を風靡したブランドで、名前が残っているところはありません。

当時隆盛を誇った大きな会社は、今やOEM企業あるいは工場として、何とか生き残っているところが多いですね。

その中で唯一名前が残っているのが、VFコーポレーションです。

VFコーポレーションはもともと下着メーカーでしたが、QR(Quick Response)で全プロセスをリエンジニアリングし、ファッション分野に進出したことで成功しました。

今はもとの下着ブランドを売却して、NORTH FACEやTimberlandといったスポーツ・ブランドとジーンズを中核にしています。

VFコーポレーションがなぜ成功したかというと、Short、Slim、Speedyの3Sを徹底的にやり遂げたからだと思います。

生き残っていくためには、商品化までの工程を短くし(Short)、できるだけ在庫を持たず(Slim)、速くやる(Speedy)という3つが大事ですね。

日本ではQRを「期中追従」と誤って認識してしまったことで、無駄な工程を改革することなく、同じものばかりが並んでしまう状況になっています。

どこかで見たような商品は、買い付ける側のリーダーも、わざわざ買わないですよね?

今の流行りに追従するだけでは、ファッションのリーダーにはなれません。

ファッションのリーダーは、人がやっていないことを絶えずクリエイトしていく、製品も売り方もチャレンジしていく姿勢が重要だと思います。

2. 自動化が進むほど、対面コミュニケーションの価値があがる

<質問者>ファナティック 野田氏

野田氏:ファナティックの野田と申します。

先日WazzUp!というLINE@のチャットbotを活用したサービスをリリースしたのですが、今後こうした自動化の仕組みはますます増えていくと思っています。

ロボットやAIによって自動化が進むことで、逆に人間がやる価値の高まる領域は、どこにあると思われますか?

尾原氏:機械化が進めば進むほど、人間は生き物ですから、直接顔が見えることがますます重要になると思います。

チャットbotやパーソナルアシスタントのAlexaよりも、顔が見える人から「大丈夫」「がんばって」と言ってもらえること、温度を感じられることの価値が上がっていくはずです。

例えばお医者さんと患者も、信頼関係がより重要になっていき、治らない病気も治るようになることがると思うんですね。

チャットbotはスクリーニングには便利ですが、何か大きな決断するとき、最後に背中を押すのは人間のアドバイスだと思います。

そうしたコミュニケーションの部分が、これから人が創り出していく価値だと考えています。

▲イベント後半は、パネリスト8名からの質問に尾原氏が回答する公開質問を実施。

3. 異業種同士の協業のためには、「お互いの現場を体感する」ことが重要

<質問者>シタテル 若尾氏

若尾氏:本日はありがとうございます。sitateruの若尾です。

sitateruはあたらしい衣服生産のプラットフォームとして、ブランドと工場をつなげるというサービスです。

書籍の中で、異なる業界の人がコラボレーションしていく重要性を感じたのですが、やはり共通言語も異なりますし、コミュニケーションの難しさも感じています。

今後異業種同士がコラボレーションしていく中で、どんなプラットフォームを使い、何に気をつけてコミュニケーションするべきかについてお伺いしたいです。

尾原氏:お互いに相手がやっていることを「理解する」ということが必要です。

それもただ頭で理解するのではなく、実際に現場に行って、裏側まで見て深く理解することです。

私が旭化成に入ったときの最初の仕事は商品開発で、工場とデザイナーと営業マンといった言語が違う人同士を結びつける役割でした。

その当時は実際に工場に通いつめて、夏の暑い中に機械を動かしている工場のおじさんに、試験生地の編立やデザインの変更をお願いしにいったりしていたんですね。

そこでの経験は、私のキャリアにとって大きな意味がありました。

というのも、モノを作るとはどういうことかを、綺麗ではない裏側の部分まで含めて、実体験としてもつことができたんです。

その実体感なくして、口だけ理想を語ってもダメです。

例えばきらびやかに見えるオペラ座だって、舞台裏にはたくさんの道具が並んでいて、綺麗なことばかりではないですよね?

ものづくりにおいて、そうした背後を知らずしてマーチャンダイザーとは名乗って欲しくないと思います。

逆に工場の人たちにも、小売の現場を見てもらうことが重要です。

自分たちが作ったものを買ってもらう瞬間を見せることで、なぜその商品を買ってもらえたのか、ただデザインが綺麗とか仕立てが綺麗なだけではない、商品の価値に気づいてくれるんですね。

もちろんこうした理解がなくとも、ものづくりの工程を進めることはできます。

しかし、お互いに現場を共有することで、サプライチェーン全体が一体となり、本当にいいものをミニマプライスで提供することができるようになると思います。

4. 製品コードやビジネスプロトコル統一のためには、具体的な数字やメリットの提示を

<質問者>オーティーエス 小橋氏

小橋氏:はじめまして、OTSの小橋と申します。

「物流からファッション業界を元気にしたい!」という思いをもって、物流業界を改革するべくプラットフォームの構築などを行っています。

書籍の中で「製品コードやビジネスプロトコルが統一されていない」という問題がでてきましたが、物流はまさに標準化されていないことによる無駄が多い業界だと感じています。

各社が自前の仕組みを確立しており、標準化が進まない中で、どうすればこの部分を改善できるのか、尾原さんのお考えを伺えればと思います。

尾原氏:ファッション業界における標準化は、私も非常に重要な問題だと考えています。

アメリカでもQRの動きが起きた時、はじめはうまくいかなかったんですね。

というのも、当時ウォルマートが最先端の仕組みをもっていたがために、レベルが低い他社に合わせたくないということで、標準化へのプロジェクトに参加することを拒否していたんです。

しかし、QRの協会ができてから3年目に、ウォルマートも加盟することになりました。

なぜかというと、周りの企業が続々と標準化した仕組みを取り入れていくことで、どんどん少数派になってしまい、結果として損をするということに気づいたのです。

標準化のメリットは、本来大手であればあるほど身にしみてわかっているはずだと思います。

だからこそ、みんなで標準化した仕組みや規格を取り入れる意味を考えて欲しいと思っています。

そのためには、抽象的な精神論ではなく、どれだけコスト削減できるかという数字や、どんなメリットがあるのかを明示することが重要だと思います。

講演の中でご紹介したRent the Runwayがアメリカで生まれたのも、そもそも規格が標準化されており、活用することができたからです。

日本は、仕組みも規格も各社バラバラになっていることで、Rent the Runwayのように膨大なデータを活用して、レベルの高い提案をするまでにいたっていないと感じています。

そうした損失や標準化することによるメリットを、ファッション業界全員が理解した上で、標準化を進めてほしいと考えています。


▲オーティーエス 小橋氏の公開質問の様子

5. 「売ったその先」をケアする、海外の先進事例

<質問者>ホワイトプラス 中島氏

中島氏:リネットという宅配クリーニングサービスを運営しております、ホワイトプラスの中島と申します。

本の中で「売ったその先」について書かれていましたが、私たちはクリーニングという「売ったその先」のサービスを提供していますので、非常に共感しました。

書籍の中ではパタゴニアの事例をご紹介されていましたが、他に製品のケアにフォーカスした先進的な事例はありますでしょうか?

尾原氏:「売ったその先」というのは、本の中でも書いたとおり、非常に重要になっていくと思います。

パタゴニアの「The Worn Wear Mobile Tour(業務用ミシンを積んだお直し専用車でアメリカの各週を回るキャンペーン)」や、「Don’t buy this jacket(「このジャケットを買わないで」という広告をニューヨーク・タイムス紙に掲載したキャンペーン)」といったキャンペーンはいい例ですよね。

また、手入れだけではなく「保管」もクリーニングの大きな意義だと思います。

冬物はかさばりますし、クリーニングの後に保管しておいてもらえるというのは、日本の狭い家を有効に活用する上でありがたい存在ですよね。

衣服の手入れの仕方についても、昔は親から子へ教えたものですが、今はそうした教育機会がなくなっていると思います。

そうした手入れの大切さ、手入れのやり方を伝えていくことも、今後必要とされていくはずです。

さらにその取り組みを、他のアパレルメーカーと協業していかれるといいと思いますね。

お店で購入されたお客様へ、衣替えの季節に合わせてクリーニングのお知らせを送ったり、逆に御社が持っているお客様のワードローブ情報をもとに、アパレルメーカーの新アイテムを提案したり、シナジーを生み出していく方法はたくさんあると思います。

6. エグゼクティブ・ウーマン向けのファッションブランドは、大きな可能性を秘めている

<質問者>クラインシュタイン 小石氏

小石氏:ファッション・ビジネスのクリエイティブディレクションや、コンサルティング事業行っています、クラインシュタインの小石と申します。

もし尾原さんがこれからご自身でファッション・ビジネスを立ち上げるとしたら、どんな事業を手がけたいと思われるか、という点についてぜひお伺いしたいです。

尾原氏:そうですね、2つあるのですが、1つはエグゼクティブ・ウーマン向けのブランドを立ち上げたいですね。

経営層になるようなエグゼクティブ層の女性に合うブランドが、日本には非常に少ないんですよ。

テレビを見ていても、女子アナは報道番組ですら男性の好みに合わせたフェミニンなファッションが多いと思っています。

本来、女性はもっと役職に合った格好をしたいと思っているのに、エグゼクティブ・ウーマン向けの服がないんですよ。

例えばメイ首相やメルケル首相のような、仕事のできる成熟した女性向けに、シンプルで品格を感じさせるファッションブランドを立ち上げたいですね。

あともう1つは抽象的になってしまうのですが、書籍の中でも紹介した「3つの牽引力」を重視したブランドを立ち上げたいと思います。

<3つの牽引力>

①ハイスタイル(完成された美と技)

②ハイパフォーマンス(普遍的な機能・性能)

③ハイディボーション(個人の価値観・信条・嗜好)

これからの時代、トレンドを追いかけるというのは、残ってはいくけれども相対的に小さくなっていきます。

その中で新しいものを作るためには、この3つを頂点とした三角形の頂点を外へ向けて引っ張ることで面積を広げていく必要があります。

これらの3つの要素をクリエイティブに追いかけて、日本の職人を含めたものづくりを絡めながら、新しいブランドを作りたいというのは、私自身の夢でもあります。


▲ホワイトプラス 中島氏の公開質問の様子。

7. 越境コマースの今後の展望

<質問者>Spicelife 吉川氏

吉川氏:本日はありがとうございます。Spicelifeの吉川と申します。

オンラインでオリジナルTシャツを作成できるTMIXや、仕入れなくTシャツを販売できるSTEERSといったサービスを運営しています。

現在は国内をメインにしているのですが、これから売り手も買い手も海外比率を上げていきたいと考えています。

そこで、越境コマースの今後の展望についてお伺いしたいと思います。

尾原氏:先ほどの講演でも事例を紹介しましたが、越境ECは確実に伸びていきますね。

そこで重要なのはサイズ展開だと思います。

Tシャツといえども、S・M・Lだけでは足りません。

日本は海外に比べて、サイズ展開が少なすぎるので、そこは非常に大きな問題だと思いますね。

また、国外から購入してもらうためには、実物を見ずともサイズのフィット感をどう納得かさせるかというのは、ひとつのハードルだと感じています。

8. 今後のファッション教育は、「教える」から「エンパワーする」へ

<質問者>文化服装学院 4年 田中氏

田中氏:文化服装学院4年の田中千晶と申します。

今回は、学生目線でこの本を読んで考えたことに質問したいと思い、パネリストに選んでいただきました。

私自身、現在ファッション教育の現場にいて、将来を担う人材が育っていないことを感じています。

特に書籍でも書かれていた「自ら育つ」環境を作ることが重要だと感じたのですが、尾原さんが現在活動されていること、ファッション教育へのお考えをお伺いしたいと思います。

尾原氏:教育の問題は、非常に時間がかかると思います。

「自ら育つ」環境を整えるためには、上辺のHow toではなく、本質を教える教育機関を作ることが重要だと思います。

本質を理解して応用する力さえあれば、時代が変わっても適応していくことができます。

しかし今の教育現場では、知識を詰め込むだけで、受け身の生徒を作り上げてしまっています。

横並びの「空気が読める」ことを重視した教育では、真にクリエイティブな仕事はできません。

さらに企業も、能力本位で人を活用することができないと、真に力のある人は育たないと思います。

アメリカではすでに、お金やポストではなく、やりがいのある仕事を求めて企業を渡り歩くといった働き方が一般的になっています。

これからは、「あの会社に行きたい」と思ってもらえなければ、人が集まらないという状況が加速していくと思います。

FIT(ニューヨーク州立大学)は、未来の教師に求めるものとして次の5つを上げています。

①グローバリズム

②指導構想力

③学びを豊かにする

④プロフェッショナリズム

⑤テクノロジー・リテラシー

そこからさらに、3つの目標が設定され、その1つに「An Empowering Student Community(学生同士がお互いをインスパイアし合うコミュニティの構築)」というものがあります。

これは先生が上に立って教えるのではなく、多様化した社会において、学生同士がインスパイアしあってよりよいものを作り出す、それを支援するのが教師の仕事であるという考え方です。

具体的にどうするべきかは難しい部分ですが、周りの人をよく観察すること、コラボレーションの仕方を教えることが大切です。

また、小さいころから美しいものに触れる機会を与えることも重要です。

アメリカでは、休日にはよく美術館へ子供を連れて行きます。

そこで一方的に「教える」のではなく、何が気に入ったかを聞き、それを褒めた上で子供が興味を持ったものについて簡単に説明してあげるんですね。

他にも、パーティーで子供がゲストの服の色から発想して、一人一人に似合う色のコースターを選んで渡してくれるといった場面に遭遇したこともあります。

ただ塾に行って勉強するのではなく、そうした感受性を養うための教育が、これからは重要になってくると考えています。

ファッション・ビジネスにおいて重要なのは、大きな流れを理解し、自らの手で未来を「創造」すること


▲尾原氏と、パネリストの面々

公開質問も含めた約2時間の登壇の中で、尾原氏が繰り返し発信していたメッセージは、本質的な潮流をつかむことの重要性でした。

vol.1でご紹介した変化の4大潮流や、vol.2でご紹介したファッションにおける価値の変化など、現在のファッション・ビジネスを取り巻く大きな流れは、これからの未来を創り出していく上で重要な知識です。

vol.1では実際の企業を例にこうした変化について解説いただきましたが、そうした先進事例の表面だけを見るのではなく、テクノロジーの発達やそれによる価値観の変化への理解なしに、自ら新しい価値を作り出すことはできません。

また、公開質問の中でも「直接顔が見えることがますます重要になる」というお話があったように、テクノロジーが発達し自動化が進めば進むほど、お客様と直接コミュニケーションをとることの価値が上がっていきます。

ここ数年でポップアップストアが注目され始めたのも、こうした直接的なコミュニケーションの重要度が上がっていることが根底にあります。

つまり、ショップの存在意義が「販売のための場所」から「コミュニケーションの場」へと移りつつあるのが、現在のファッション・ビジネスにおける大きな流れと言えます。

その際、これまで人力で多大なコストをかけて開催していた旧来型のショップではなく、テクノロジーを有効に使い、お客様に最高の体験をしてもらうための場づくりが必要となります。

SHOPCOUNTERでは、そうした先進的なポップアップストア事例もご紹介しています。

今回ご紹介した3回にわたる尾原氏の講演、また尾原氏の著書である「創造する未来」を通してこれからのファッション・ビジネスの大きな流れと本質を掴み、未来を自らの手で創造していきましょう。

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